はじめに
「自分にはデザインのセンスがないから…」
会議室でロゴ案を前に、そう口にする経営者を何人も見てきました。だから「スタッフみんなで決めれば公平だ」と多数決に託すことにする。一見、民主的で正しい判断に思えます。
でも、その選択が後々「こういうことで良かったんだっけ?」という疑問を生み、社内外でその説明に窮する事態を招いてしまうとしたら。
―――中小規模の企業を支援する中で、何度となくこうした場面に立ち会ってきました。クリエイティブの決定において、「多数決=正義」という思い込みが、むしろブランドの核心を曖昧にしてしまう。今日はその実例と、経営者が本当に握るべき判断軸についてお話しします。
【結論】 多数決は「無難さ」を選ぶ装置(経営判断とは別物)
クリエイティブにおける多数決は、「正義」ではなく「責任の分散装置」に過ぎません。 結果として選ばれるのは、誰もが傷つかない”最大公約数の無難案”。本来伝えるべきメッセージは、その過程で希釈されてしまいます。
なぜこんなことが起きるのか。理由は明快です。
投票者それぞれが「自分の好み」「印象」「制作意図の不理解」で一票を投じる。そこには、企業や商品、ブランドが本当に伝えたい理念や、顧客に届けたい価値といった”コンセプトの軸”が存在しないからです。プロジェクトチームが何時間もかけて練り上げた戦略も、最後の一瞬で「各々の感覚」に上書きされてしまうのです。
経営判断とは本来、「多くの人が反対しても、正しいと信じる道を選ぶ覚悟」を伴うものであるはずです。それをクリエイティブだけ例外扱いする必要はありません。センスの有無ではなく、「何を伝えたいか」というブランドオーナーとしての“意思の問題”なのです。
【やさしく解説】 ロゴ刷新プロジェクトで起きた”多数決の悲劇”
ある企業でのこと。リブランディングを機に、新しいロゴマークを作ることになりました。
経営陣は本気でした。プロジェクトチームを結成し、外部のブランディング会社に開発を依頼。開発には1年余りをかけてきました。経営者はヒアリングで新しい会社の根底となる理想を語り、それはやがてブランド体系として固まりました。ブランディングデザイナーからは3案が提示され、それぞれにコンセプトとの結びつきが丁寧に説明されていました。
ところが最終決定の場で、経営者はこう言ったのです。
「ここまではプロジェクトチームで考えてきたけれど、最後は全員の投票で決めようよ」
結果、選ばれたのは──3案の中で最もコンセプトの色が薄い案でした。
投票結果を分析すると、見えてきたのは残酷な真実です。
選ばれた案は、誰からも「嫌われなかった」案でした。尖った要素がなく、どこかで見たことがあるような、安心感のある案。一方、コンセプトを最も体現していた案は、得票数は中の下であったそうです。「うちの会社っぽくない」「攻めすぎな気がする」「これから大変そう」──そうした声があったそうです。
多数決という仕組みは、構造的に「角を立てない選択」へ誘導します。100人が投票すれば、100通りの好みが反映される。その結果、誰の心にも強く刺さらない”最適化されすぎた平均値”が生まれる。
プロジェクトリーダーは後日、こう漏らしていました。
「外部から『なぜロゴが新しくなったんですか?』と聞かれても、正直答えに困るんです。コンセプトはあったはずなのに、最終的な形にはそれが見えない」
ロゴ刷新は、単なる「ちょっと物足りない」程度では済みませんでした。
取引先や顧客に「ロゴを変えた理由」を説明する場面で、誰もが言葉に詰まりました。「なんとなく新しくしました」では、ブランド刷新の価値が伝わらない。本来なら、理念の進化やビジョンの明確化を語る絶好の機会だったはずですが、機会損失に繋がってしまったこともあったでしょう。
社内向けには「新会社」のメッセージを掲げていたのに、ロゴからはその打ち出しがとても弱い。社員たちへのインナーブランディングではこのロゴのくだりはサッと飛ばしているようです。薄々はどのスタッフも気づいているようですが、今ではあえて触れなくても、という空気感だそうです。
年単位で進めたリブランディングのプロジェクトも、ブランディング会社への報酬も、結果的に「誰も傷つかない無難な案」を選ぶためだけに消費されてしまったのかもしれない。プロジェクトチームの中で票を集めていた、あの案が採用されていたら…。と、この話をするプロジェクトリーダーの表情は晴れません。
この失敗の背景には、経営者特有の思い込みがありました。
違います。デザインは、伝えたいメッセージを視覚化する手段です。あなたが「何を伝えたいか」を明確に持っているならば、プロジェクトチームがそれを合議の上で決定したのであるならば、「それを最も表現しているのはどの案か」という客観的な尺度のみで判断するべきです。“センスの有無ではなく、意思の有無”が問われているだけです。
逆です。みんなで決めると、誰も深く納得しません。「自分の意見が通らなかったけど、多数決だから仕方ない」という諦めが生まれるだけです。本当の納得とは、「なぜその選択をしたのか」という論理が腹落ちしたときにのみ生じるものであるからです。
外部のブランディング会社は、幾つかの選択肢を提示するでしょう。そしてそれらは多面的な視座に着想を得たもので、さらに、いくつもの要素で“強弱”をつけられた案であるはずです。最終判断は、ブランドオーナーとしての経営者やプロジェクトチームの専権事項と考えた方が良いでしょう。「会社の未来をどう語るか」は、経営戦略そのものであるからです。外部のブランディング会社は、経営者の意思をカタチにする伴走者であって、判断の代行者ではありません。
答えはシンプルです。重複しますが“コンセプトへの忠実度を判断軸とする”──これだけです。
具体的には、こんなプロセスを踏むべきだったのかも知れません。
ブランドの想像はどこにあるのか。果たすべき社会的な意義はどんなものなのか。合議したコンセプトをできれば「5W1Hレベル」にまで言語化してみます。たとえば造園会社であれば、「これからもずっと(When)、わたしたちは(Who)、沖縄の地から(Where)、自生する植物や自然を(What)大切にする。しかし単に地域文化をなぞるのではなく、次代へつながる未来志向で(How)、庭園を設計・維持管理していく。」などのような具合です。
各案について、「このデザインはコンセプトをどれだけ体現しているか」を10点満点で評価。この段階では、個人の好き嫌いは封印します。あくまで「約束した軸に忠実か」だけで評価します。全案を評価するのではなく、プロジェクトチームの一人ひとりが「最も体現している」と考える案に“◎(5点)”、次点に“◯(2点)”などとして集計していく方法も検討できるでしょう。
採点結果を踏まえ、経営者が決断します。そして重要なのは、「なぜこの案を選んだのか」を全社員に論理的に説明することです。「プロジェクトがスタートした理由」から遡り、端的に説明することができれば、、多数決による「参加した(させた)感」などよりも、はるかに納得感が生まれることでしょう。
クリエイティブの決定プロセスを変えるために、今すぐできることがあります。
A4一枚でOKです。「誰に、何を、どう伝えたいか。どんな想いを抱いてもらいたいか。」を文章化してください。これがあるだけで、チーム全体の判断軸が整います。
「このデザイン、なんか好き」ではなく、「このデザインは、コンセプトの〇〇を表現できている点がよい」などと評価していく習慣をつけていきましょう。
既存のロゴ、ウェブサイト、パンフレット──これらを見直し、「当時、何を伝えたかったのか」を言語化してみることも有用です。もし答えが推測できないなら、それは軸がなかった証拠であるとも言えます。過去事例は、次回に同じ轍を踏まない(または、同じ効果を得ていくための)ための教科書です。
まとめ: 「決める覚悟」がブランドを育む
あえて言い切ってしまいましょう。
「クリエイティブの判断における多数決は、正義ではありません」。
こうしたシチュエーションでの多数決は、判断から逃げるための装置でしかありません。経営者としての覚悟を、集団の中に溶かし無にしてしまう行為でもあると思います。
経営者が伝えたいメッセージは、経営者ご自身やプロジェクトチームでしか定義できません。それをどうカタチにするかという最終判断も、経営者の役目です。センスがあるかないかは関係ありません。「何を伝えたいか」「そうあるべきだ」という意思があるかどうか──それだけが問われているのです。
次にまた、新しくロゴやネーミングを作るとき。「最後はみんなで決めよう」と誰かが言いかけたなら、一度立ち止まってみてください。そして問いかけてみていただきたいのです。
「このブランドは、誰に、何を語るべきであったのか」
それに答えられたなら、クリエイティブの判断にはもう、センスと多数決は不要です。
