マーケットイン(顧客志向)の怖い落とし穴とは?

マーケットインの喧騒から離れ、自社のブランドの軸(羅針盤)を再確認する

はじめに

「これからはマーケットインの時代だ」「顧客の声を徹底的に聞け」こうしたフレーズをビジネス書やセミナーで耳にすることが増えました。マーケットインとは、いわゆる「顧客志向」「顧客第一主義」「お客様ファースト」のことです。それぞれ微妙に定義は違うかもしれませんが、ここでは同じこととして扱います。

お客様のニーズを理解することは、確かに重要です。しかし、真面目にこれを実践しようとした中小企業の経営者さまからは、「サンプルを配り、フィードバックをもらい、SNSの声を追いかけ、営業からの要望も全部聞いたけれど、なんだか疲れる割に成果が出なかった」という声をよく聞きます。

マーケットインの考え方には、実は中小企業が陥りやすい落とし穴があります。それは決してマーケットイン自体が間違っているのではありません。使いどころと優先順位を誤ると返って自社の「らしさ」を失い、消耗戦に巻き込まれてしまうという悪循環が待っている、ということです。

この記事では、マーケットインの落とし穴を明らかにし、中小企業が本当に取るべき「ブランドオーナーの意志を起点とした商品づくり」、つまり「ブランド アウト」という考え方をご紹介します。読み終わる頃には、お客様の声にどう向き合うべきか、自社の軸をどう守るべきかが明確になるはずです。

【結論】 マーケットインは「語り口の調整」に使うもの

結論から申し上げると、マーケットインは決して否定すべきものではありませんが、使う場面を間違えると危険です。特に中小企業にとってマーケットインを「事業の軸を決める基準」として使うのは、価格競争などの消耗戦への入り口でしかありません。

本来、ブランディングとは「私たちはこういう会社です」という約束を決め、それを一貫して体現することです。その約束こそが「らしさ」となり、時間をかけて信頼へと育っていきます。マーケットインは、この軸が定まった後に「どう伝えるか」「どう届けるか」を最適化するために使うべき手段なのです。

そこで提案したいのが「ブランド アウト」という考え方です。これは従来の「プロダクトアウト=作り手の自己満足」というネガティブなイメージではありません。ブランドオーナーの意志を起点に、「私たちはお客様にどんな変化を届けたいのか」「そのために絶対に譲れない価値観は何か」を明確にし、それをプロダクトやサービスという形に落とし込む考え方です。

この順序を守ることで、中小企業は大資本との消耗戦を避け、独自の価値で選ばれ続ける存在になれます。マーケットインを否定しているではありません。大資本の企業でない限りそれは、「軸を決める道具」ではなく「表現を磨く道具」として使うほうが利を得ることが多い、とお伝えしたいのです。

【やさしく解説】 なぜマーケットインだけでは危険なのか

POINT

マーケティングの視点では筋が通っている(ように見える)。

マーケットインの考え方は、マーケティング理論としては非常に合理的です。市場調査を行い、顧客ニーズを把握し、それに応える商品やサービスを提供する。この流れに論理的な矛盾はありません。

実際、大企業の成功事例を見ると、膨大な調査データをもとに商品開発を行い、ヒットを生み出しているケースも多くあります。だからこそ、多くのビジネス書やセミナーで「マーケットインこそ正解」と語られるのです。

しかし、ここには重要な前提があります。それは「十分な資本と時間、そして組織力がある」ということです。大企業はデータ分析に専門チームを割き、市場の変化に素早く対応できる体制を整えています。この前提を見落としたまま、中小企業が同じ戦い方をしようとすると、深刻な問題に直面します。

POINT

想定ターゲットに合わせ続けるのは予想以上の労力が必要。

マーケットインで最初にぶつかる壁は「ターゲットに合わせ続けること」の難しさです。アンケートやヒアリングで得られた声に応えようとすると、次々と新たな要望が出てきます。

ある飲食店が「もっとヘルシーなメニューが欲しい」という声に応えてメニューを変更したところ、今度は「ボリュームが足りない」という別の声が上がる。そちらに対応すると、最初の顧客層が離れていく。このように、すべての声に応えようとすると、結局「誰のための店なのか」が見えなくなってしまいます。

さらに問題なのは、調査やヒアリングには限界があることです。サンプル数が少なければ偏りが生じますし、声の大きい一部の意見に引っ張られる危険性もあります。「本当にこの声が市場全体を代表しているのか」という疑問は常につきまといます。

POINT

テストマーケティングで見ていたターゲットは、実在するのか?

マーケットインでよく用いられるのがテストマーケティングです。しかし、ここにも大きな落とし穴があります。調査で見えてきた「理想の顧客像」は、本当に実在するのでしょうか。

調査データから浮かび上がるのは、あくまで「その時点での傾向」です。しかし実際の生活者は、アンケートで答えた内容と実際の購買行動が異なることも珍しくありません。「欲しい」と答えても実際には買わない、ということは頻繁に起こります。

また、調査サンプルが本当に母集団を反映しているかという問題もあります。特に沖縄のような地域性の強い市場では、全国的な調査データがそのまま当てはまらないケースも多々あります。データを鵜呑みにすると、存在しない顧客像を追いかけることになりかねません。

POINT

生活者は移り気で、嗜好の流行はあっという間に変わる

マーケットインのさらなる問題は、生活者の嗜好が常に変化し続けることです。今日「これが欲しい」と言われたものが、商品化できる頃には「もう古い」となっている可能性があります。

特に最近は、SNSの影響で流行の移り変わりが加速しています。数ヶ月前にブームだったものが、もう話題にもならないということが日常的に起こります。調査に時間をかけ、開発に時間をかけている間に、市場は次のトレンドへ移ってしまうのです。

この移り気な生活者に合わせ続けるということは、常に追いかけ続けるということです。それには膨大な開発費、広告費、在庫リスクが伴います。中小企業にとって、これは現実的な戦略とは言えません。

POINT

大資本の消耗戦レースに巻き込まれる

マーケットインを徹底すると、結果的に「もっと安く」「もっと便利に」「もっと多機能に」という要求に応える競争に巻き込まれます。これはまさに大資本企業が得意とする領域です。

資金力のある大企業は、規模の経済を活かしてコストを下げ、潤沢な広告予算で認知を広げ、豊富な開発リソースで多機能化を進めることができます。中小企業がこの土俵で戦おうとしても、勝ち目は薄いでしょう。

価格競争に陥れば利益率は下がり、多機能化を追えば開発コストが膨らみます。そして最も深刻なのは、こうした競争の中で「自社らしさ」が薄まっていくことです。あれもこれも対応しているうちに「結局どんな会社なのか」が見えなくなってしまいます。

POINT

競合も同じことをしてくる中で、勝算はあるのか

仮にマーケットインを完璧に実行できたとしても、もう一つの問題が待っています。それは、競合他社も同じ調査データを見て、同じような結論に達するということです。

同じ市場を見て、同じようなニーズを発見し、同じような商品を開発する。結果として、市場には似たような商品が並び、再び価格競争が始まります。この時、勝ち残れる競争力が本当にあるでしょうか。

マーケットインだけに頼ると、差別化が難しくなります。なぜなら、すべての企業が「顧客の声」という同じ情報源に基づいて意思決定をしているからです。真の差別化は、顧客の声からは生まれません。それは、会社独自の価値観や信念から生まれるのです。

POINT

ブランドオーナーの意志を起点とした「ブランドアウト」という選択

ここまで見てきた問題を解決するのが、マーケットインの対義語であるプロダクトアウトを、さらに一歩進めた「ブランドアウト」という考え方です。これは、ブランドオーナー(経営者)の意志や想いを起点に、商品やサービスを創りマーケットに訴求していくというアプローチです。

スタート地点は「顧客アンケート」ではありません。まず問うべきは、このような問いです。――私たちは、お客様にどんな変化や価値を届けたいのか。そのために、絶対に譲れない価値観は何か。それをプロダクトやサービスにどうやって落とし込むか。

こうして決めた「軸」こそが、ブランドの核となります。この軸がしっかりしていれば、市場がどう変化しようと、迷うことなく進み続けることができます。そして、こうした意思の軸から出発し、細部を顧客の声やニーズで調整していく。これが“らしさ”を維持したまま成長していける方法です。

ブランドを成長させていくコツがあるとすれば、それは「お客様に合わせること」ではありません。「これが私たち(の想いとやり方)です」という約束を示し、それに共感してくれる方と長く付き合っていくことです。ブランドに共感してくださる生活者だけが「真の顧客」であることを理解してください。生活者の嗜好に寄せるのではなく、ブランドとしての考え方を磨き、実践し、貫いていく。そのことを知ってもらい、共感してもらう。これこそが中小企業が大資本と戦わずに勝利する道です。

まとめ

重ねて申し上げますが、マーケットインは決して間違った考え方ではありません。新しいニーズの発見や、伝え方の最適化には非常に有効です。しかし、それを過信し「事業の軸を決める基準」として使うと、中小企業は消耗戦に巻き込まれ、自社やブランドの「らしさ」を失ってしまいます。

大切なのは優先順位です。まず、ブランドオーナーの意志と「らしさ」を明確にする。その上で、それを市場にフィットさせる工夫としてマーケットインの手法を活用する。この順番を守ることで、ブレない軸を持ちながら、お客様と共感のコミュニケーションをしていくことができます。

次回の社内会議では、いきなり「お客様は何を求めているか」から入るのではなく、まず「私たちはどういった存在として記憶されたいのか(べきなのか)」「その“らしさ”が一番伝わる要素(裏付け)はどこにあるか/どんなものか」を話し合ってみてください。そして「それ、ウチらしいね」と言える基準をチーム全体で共有してみてください。時間はかかるかもしれませんが、それだけの価値はあります。

プロダクトアウトを一歩進めた「ブランドアウト」という考え方は、中小企業が自分たちの強みを活かし、長く愛される存在になるための道筋です。顧客の声に耳を傾けつつも、自社の信念を見失わない。そのバランスこそが、持続可能な成長への鍵となります。

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